【驚きの真実】トマトはイタリアの伝統食材ではない?!

イタリア豆知識

イタリア料理といえば、真っ赤なトマトを思い浮かべる人も多いはず。

しかし「トマトを食べたら死ぬ」といわれ、トマトは嫌われて食べられていなかったそうです。イタリアでトマトが食べられるようになったのは、19世紀の終わりころで、日本人の握り寿司よりも歴史が短いのだそう。

広く知られているイタリア料理のイメージを覆す『ねじ曲げられた「イタリア料理」』から、意外と知らないトマトの歴史を紹介していきます。

〇トマトは危険な果実だった…

16世紀の初め、コロンブスに続けとばかりにヨーロッパの国々が新しい大陸に向けて航海した時代、色んな珍しいものがヨーロッパに持ち帰られるようになりました。金・銀・ジャガイモ・ピーマン…そしてトマトも中南米から持ち込まれました。

昔のトマトは、今よりも皮があつく、オレンジ色をしていました。この見た目の美しさから、ギリシャ神話に出てくる「黄金のリンゴ」にたとえられて、観賞用植物として貴族の庭で育てられるようになりました。

昔のイタリアでは「冷たいor湿ったもの」×「温かいor乾いたもの」という2つの性質をもつ食材が健康に良いと考えられていました。たとえば「温かい×水分のあるスープ」は体に良いと考えられていたのです。「冷たくて水分の多い」トマトはバランスが悪く、鮮やかな見た目も逆効果となって「毒のある、体に悪いもの」と考えられていたのです。

しかし、どこの国でも「ダメ」と言われるものにチャレンジする人出てくるようです。諸説ありますが、ある日お腹を空かせた庭師がこっそりトマトを食べたところ…

「食べてもなにも起きない…トマトには毒がない!」

ということを身をもって証明しました。それから、少しずつ食材としてのトマトが広まりました。

〇トマト缶の大発明

19世紀半ば以降、トマトは品種改良され、赤くやわらかい果肉の甘い野菜になっていきました。そして、夏の間だけとれるトマトを保存しようという試みが始まります。

南イタリアでは、トマトを天日で乾燥させてドライトマトをつくりました。

フランスでは、食材をガラス瓶に入れて、煮沸することで加熱殺菌する方法を編みだしました。それがイタリアにも伝わり、ガラス瓶での長期保存をするようになりました。保存容器がガラスから缶になり、トマトホール缶という便利な保存食品が誕生しました。

今では、トマト缶はグローバルビジネスに発展しています。イタリアのトマト製品の約60%は海外に輸出されるようになりました。

〇トマトケチャップはアメリカの発明

有名なトマト製品といえば「ケチャップ」ですよね。実はこれ、アメリカ発祥なのです。アメリカへ渡った南イタリア移民たちが、トマトソースをパスタではなくフォカッチャ(イタリアのパン)につけて食べ始めたのがきっかけなのだそう。

トマトケチャップは、戦争のために外国に渡ったアメリカ軍人たちによって持ち込まれ、色んな場所に根付く味になったそうです。

〇さいごに…

イタリアのトマトって、実はそんなに伝統食材ではないのかぁ…と驚いてしまいますよね。著者の子供の頃(1960~70年代)、北イタリアのミラノあたりでは、トマト料理はあまり馴染みがないものだったそうです。以外ですが、トマトが食べられるようになったのは本当に最近のことなのです。

他にも、「へぇー」と言ってしまうような「イタリア料理」の真実が紹介されている『ねじ曲げられた「イタリア料理」』ぜひ読んでみてください!

【参考資料】

〇ねじ曲げられた「イタリア料理」/ファブリツィオ・グラッセッリ/光文社新書

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